当書はUnited World College (世界各国から選抜された高校生を国際人として養成する機関)を卒業した著者が、卒業から10年後に世界各国に散らばった同級生を訪ねて歩いた記録である。ほぼ一年に渡る旅、ヨーロッパ、米国、中近東にいる友人への訪問記が収められている。著者はイスラエルとパレスチナを訪れた後、2011年エジプト革命に遭遇する。その地域と革命を実際に見た記録が400ページに渡る当書の半分を占めているのも特徴である。
「目を閉じて世界地図に向かってダーツのピンを投げる。刺さった場所から自分の次のステージをスタートする。それぐらいの冒険心を持っていたいと彼女が呟いた」
ボストンに住み、国際機関で働き東チモールに派遣された経験を持つ友人の呟きは、そのまま著者の想いに重なる。
読者がたぶん最初に気が付くのは、著者が受けた教育の特徴だろう。世界中から選りすぐりの高校生を一つの学校に集め、国際社会に貢献する人材を育てる、というUnited World Collegeの理念。著者は米国ニューメキシコ州にあるその学校の寮で2年間の共同生活を送っている。大学進学後、国際機関に就職する卒業生も多い。その多くはまだ仕事についたばかりだったり、起業してまもなくだったり、大学院に在籍していたり、である。二十歳代後半は、社会に働きかけて糧を得る術と感覚が身につき独り立ちし、具体的な未来への展望が開ける時期だ、という点ではどの先進国も同じだ。
著者の同級生に特徴があるのは、United World Collegeで教えられた、自分たちは受けた教育を世界に還元し、世界を変えていくのだ、という、語の正しき意味でのエリート精神だろう。著者は10年ぶりに会った同級生に、自分たちは本当に、教えられた精神どおりになっているか、問いかけて歩く。国際機関で働くことに意義を見いたしつつある者、起業して成功を収めつつある者、その多くが祖国と仕事や生活の場という二つの国を持ち、仕事と生活を両立させながら戦っている。が、彼らが世界を変えられるのか、はっきりとした答えは見いだせないまま当書の前半は終わる。
さて、エジプト革命の7,8年前、ぼくは仕事で、ロンドンの中心部から少し外れた地域にあるインターネットカフェを良く訪れた。まだホテルにインターネット回線が完備する前のことで、仕事のデータをやりとりする為に使ったのだったが、その、開け放しの窓の下から地下鉄が走る音が響いてくる場所は中近東からの移民でいつもいっぱいだった。みな、電子メールで故国にいる人達と情報や励ましのやりとりをしているのだろう、と思った。2006年にツイッターとフェイスブックが広くサービスを始める前のことだ。
それから7年後の2011年、当書の筆者は、友にあいにいく旅の途中でエジプトの民主化革命に遭遇し、ツイッターのハッシュタグ #Jan25 に始まった革命の実際の様子、デモや広場の座り込みをしている人たちの声をiPhoneから発信した。当書の後半は、友との10年ぶりの交流の記述は薄れ、イスラエルとパレスチナ、エジブト革命との遭遇を、その場にいた話として伝えている。日本にいてはまったく分からない事情が明らかにされていて、現場を追体験することができる。
デモ、スト、座り込み、で思い出したのが日本の1960年代の学生運動だ。それなりの理念を持った、大学が長期の休講に追い込まれるほど激しい運動だったのに、革命どころか、挫折感以外に社会に影響を与えることすらほとんどなく終わったのはなぜか。社会や歴史的背景の違いもさることながら、運動を主導した学生たちが、社会のリーダー予備軍としての意識を持ち合わせていたなかったことに大きな原因があると思う。彼らは民衆の支持を得ることなく終わった。当書のエジプト革命の章には、筆者の同級生が海外の金融機関の仕事を辞めてエジプトに帰り、革命に参加している姿が描かれている。筆者が当書の半分を費やして中近東の姿や革命を描いたのは、ここに「自分たちは世界を変えようとしているのか」という問いに対する答えを見出しつつあったから、ではないか、と思う。民衆を導くオピニオンや情報を発信し、それにより社会をリードすること、歴史を進めること、それができて、真のエリートと言えるのではないか。
変革へと導く、その根本にあるのは、筆者はエピローグで書いたこの言葉だと思う。「私たちは、今でもきっと、お互いに影響しあって生きている。」かつての仲間たちへの、そして訪れる国の人達への共感と共鳴、当書からは筆者のそれが溢れるほど伝わってくる。共感なくして影響を与えることはできない。題の「ともに」は「友に」「共に」、情報とは情けに報いるものなのだ。
当書は2012年に、国分寺のクルミド出版から発行された。広く書店で売られている本ではない。クルミド出版のホームページのURLを掲載しておく。
後半、特にエジプト革命の章が情報量とリアルさに比例して長大で、登場する人と場所を整理しながら読むのが大変ではあるけれど、日本の中だけで教育を受けた同じ世代の人達に読んでもらいたい本だ。
2012年10月発行、クルミド出版